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●普樂寺 宗印殿 (熱河省承德) 普樂寺は山莊の東北二滿里、乾隆三十一年正月工を始め翌年(西紀一七六七)八月竣工した勅建寺だ。乾隆帝は新附の民、都爾伯特(外蒙西部)、左右哈薩克、東西布魯特(共に新疆の北部)のために寺を建てることを多倫諾爾[ドロンノール]の章嘉[チヤンヂャ]國師に相談した所、上樂王佛は特輪王佛の化身で常に東嚮して人々を廣く濟度すると大藏經にあるから、その寺を建てれば人天共に歸依するだらうと答へたので普樂寺が出現した。宗印殿は寺の前殿だ。 (印畫の複製を嚴禁す)//●普楽寺 宗印殿 (熱河省承徳) 普楽寺は山荘の東北二満里、乾隆三十一年正月工を始め翌年(西紀一七六七)八月竣工した勅建寺だ。乾隆帝は新附の民、都爾伯特(外蒙西部)、左右哈薩克、東西布魯特(共に新疆の北部)のために寺を建てることを多倫諾爾[ドロンノール]の章嘉[チヤンヂャ]国師に相談した所、上楽王仏は特輪王仏の化身で常に東嚮して人々を広く済度すると大蔵経にあるから、その寺を建てれば人天共に帰依するだらうと答へたので普楽寺が出現した。宗印殿は寺の前殿だ。 (印画の複製を厳禁す)

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