ajiataikan005
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神としての韓文公//昌黎//神としての韓文公 (昌黎)//1928//華かなりし唐朝有數の論客とし、又古今の文豪として不朽の名を有する朝愈字は退之先生は、昌黎なるその祠の正殿には、今日も猶威儀端然として鎭座ましますのだ。|今薄暗い部屋の神壇上に之を仰ぐ。當年佛骨迎引の非を鳴らし、その所信の為には道途八千の潮州に貶せられ、雪の藍關を越ゆるをも辭せざりし彼の風貌が、何となくなつかしまれる。|(一九二八、撮影)(印畫の複製を禁ず)//華かなりし唐朝有数の論客とし、又古今の文豪として不朽の名を有する朝愈字は退之先生は、昌黎なるその祠の正殿には、今日も猶威儀端然として鎮座ましますのだ。|今薄暗い部屋の神壇上に之を仰ぐ。当年仏骨迎引の非を鳴らし、その所信の為には道途八千の潮州に貶せられ、雪の藍関を越ゆるをも辞せざりし彼の風貌が、何となくなつかしまれる。|(一九二八、撮影)(印画の複製を禁ず)//

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