ajiataikan012
83/156

文德之舞//文徳之舞//金州孔子廟の丁祭に於て、文德の舞を行ふ舞生は、南金書院生徒中より選ばれた三十二名の者で、各々兩手に羽籥[ウヤク]を執り、樂につれて、羽籥を合し、或は離し、又兩手を伸縮し、身を屈伸し、或は身体を左右に轉じ等して舞ふのであるが、日本等の舞と違ひ、擧動が概して堅く、一種の体操の如き感を與へられる。(襄辨祀規譜卷第四之一、皇朝祭器樂舞錄下卷參照)|此の羽籥を執つて舞ふことは、古くから支那では行はれてゐるもので。禮記文王世子に「凡そ世子を學[オシ]へ及び士を學へるに必ず・・・秋冬は羽籥を學ふ」とあることによつても明かである。//金州孔子廟の丁祭に於て、文徳の舞を行ふ舞生は、南金書院生徒中より選ばれた三十二名の者で、各々両手に羽籥[ウヤク]を執り、楽につれて、羽籥を合し、或は離し、又両手を伸縮し、身を屈伸し、或は身体を左右に転じ等して舞ふのであるが、日本等の舞と違ひ、挙動が概して堅く、一種の体操の如き感を与へられる。(襄辨祀規譜巻第四之一、皇朝祭器楽舞録下巻参照)|此の羽籥を執つて舞ふことは、古くから支那では行はれてゐるもので。礼記文王世子に「凡そ世子を学[オシ]へ及び士を学へるに必ず・・・秋冬は羽籥を学ふ」とあることによつても明かである。//

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

page 83

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です