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研究・調査活動―シンポジウム・ワークショップ

「シリーズ20世紀中国史」合評会

・日時:2010年3月7日(日)13:00-17:30
・会場:明治大学駿河台キャンパス 研究棟4階第一会議室
・報告者と報告テーマ:
総合司会:深町英夫(中央大学)

第1巻「中華世界と近代」(箱田恵子・京都大学)、当日の報告要旨(PDF版)
第2巻「近代性の構造」(吉田建一郎・日本学術振興会)、当日の報告要旨(PDF版)
第3巻「グローバル化と中国」(袁広泉・京都大学)、当日の報告要旨(PDF版)
全体書評(石島紀之・フェリス女学院大学)、当日の報告要旨(PDF版)

 会場の明治大学に入って驚いた。ホールを占拠していたのは、小さな子供や若い学生たちだったからである。後になって、彼らはより大きな隣の会場で開催された、そろばん大会の参加者だと知った。中国近現代史研究は、そろばんに弾き出された格好である。しかしながら蓋を開けてみれば、この合評会は、執筆陣を含めて総勢50名を超える堂々たる大盛会となった。

「合評会」の名に恥じない実質をもたらしたのは、疑い無く、四者四様の優れた書評であった。
『シリーズ20世紀中国史』(以下、『シリーズ』)の第一巻を担当した箱田恵子氏(京都大学)は、清朝の統治体制と義和団事件への関心を中心に批評を展開した。第二巻を担当した吉田建一郎氏(日本学術振興会)は、「舐める様に」を地で行く驚異的な読み込みで、各章ごとに網羅的な批評を提示した。第三巻を担当した袁広泉氏(京都大学)は、中共及び社会主義研究に対する批判に論点を絞り、問題提起を行った。それは、日本の中国近現代史研究の在り方に対する鋭い問いかけとなった。
 最後に、個別的な討論の時間を挟んで、石島紀之氏(フェリス女学院大学)による全体書評が行われた。その概要は、自らも執筆に参加した『講座 中国近現代史』(1978年出版。以下、『講座』)との比較であった。まず石島氏は研究者の世代交代に言及し、『講座』においても脱却しきれなかった革命史観への反省を述べ、逆に『シリーズ』においては民衆史の視座が手薄になっている点への不満を表明した。このほか、近代国家が個人・地域と国家の関係を再編していく関係の在り方や、中国研究に関する日本に特有の問題としての戦争責任・植民地責任、といった興味深い論点を提出した。

 以下、紙幅の都合もあるため網羅的な紹介はできないが、フロアの発言を概観してみたい。まず、総合司会の深町英夫氏(中央大学)の手腕が遺憾なく発揮されたことは、特記されて良い。語りたい者には語らせ、語れば議論の幅が広がりそうな者には話を振る。指揮者と楽器、と言えば大変失礼な喩えになるが、実際そう思わせる一面はあった。
 全体を通じて言えば、この種の書評会には珍しく、熱を帯びた忌憚のない批判が数多く寄せられた。中でも、「義和団コンプレックス」、「グローバル化」、「近代性」、「ナショナリズム」などの術語の使用法に論点が集中した。これらの術語は、叙述の根幹をなすものであると同時に、多義的な解釈を生み出してしまう恐れがある。逆から見れば、叙述の在り方が術語一つに凝縮しているからこそ、議論が集中したのだとも言える。また、ジェンダー史や人民共和国史など、特定の分野の立ち遅れを鋭く批判する声も上がった。議論がある程度煮詰まると、歴史学を覆う状況を憂える声が聞かれたのも、今日的な特徴と言えるだろう。

 極めて平凡な感想であるが、この『シリーズ』は、21世紀初頭における日本の中国近現代史研究の水準を示す論文集として、これからも広く読まれていくだろう。しかし、合評会を通じて明らかになった不足する部分も多い。
 いささか突飛に思われるかも知れないが、ここで不足する部分を「ドーナツの穴」だと考えればどうだろうか。ドーナツは、火の通りにくい真ん中に穴を空けることで、隅々にまで熱が行き渡るようにしている。またアメリカには、ドーナツの穴に関するこんなジョークがある。「お腹が空きすぎて、ドーナツの穴まで食べてしまったよ」。
 『シリーズ』で積み残した課題を解決するのは、それこそ「ドーナツの穴まで食べてしまう」ような、貪欲なまでの知的好奇心であろう。次の機会に包括的な中国近現代史の書を編むのは、間違いなくあの場に参加した、大学院生を含む若い研究者の世代となるだろう。そしてそれは、いい意味で下の世代に奪われてはならない仕事なのである。

報告者紹介
箱田 恵子(はこだ けいこ)…

京都大学人文科学研究所産学官連携研究員。博士(文学)。清末外交史。

吉田 建一郎(よしだ たていちろう)…
日本学術振興会特別研究員(PD)。博士(史学)。近代中国経済史。

袁 広泉(YUAN Guangquan)…
人間文化研究機構地域研究推進センター研究員。京都大学人文科学研究所客員准教授。博士(学術)。近代中国社会経済史。

石島 紀之(いしじま のりゆき)…
フェリス女学院大学講師。日中戦争史、雲南地域史。

文責・
古谷創(東京大学大学院)

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